小原啓渡執筆集「諸行無常日記」

2008.09.01

タフ

「た」、「タフ」で。

「タフでなければ生きていけない、優しくなければ生きていく資格がない」
というのは、レイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説に出てくる探偵のセリフですが、何となく納得できなくて原文を調べてみると、
「If I wasn’t hard I wouldn’t be alive.If I couldn’t ever be gentle I wouldn’t deserve to be alive」でした。

ポイントは、hardを「タフ」、gentleを「優しさ」と訳したところにあると思います。

ただ僕が考えるに、英語にも「tough」という言葉はあるわけで、作者が「強靭」というニュアンスを伝えたければ、そのまま使えばいいし、「優しい」というのも例えば「tender」とか「sweet」とか「kind」とかある中で、なぜ「gentle」を使ったのかを本当に精査したのかどうかが疑問なわけです。

では、自分ならどう訳すか、
「情熱がなければ生きていけない、紳士でなければ生きていく資格がない」
 かな?(これでは、普及しないだろうと思いますが・・・)

僕の考える「hard」は「hard rain」などの「激しさ」のニュアンスで内面的描写、「gentle」は「gentle man」の「落ち着き」のニュアンスで外面的な描写ですね。

つまり、内には激しい情熱を秘めているけれど、外面的には礼儀正しく控え目で落ち着きがある、という感じでしょうか。

まあ、原文の主語は「私」なのに、一般的には「男」という受け取り方をされていることを考えると、このセリフが有名になった理由は、「タフ」で「優しい」という資質が理想の男性像にマッチしたからなんでしょう。

確かに、精神的にも肉体的にも「強靭」であることは男として魅力があると思います。
また、以前このブログで「優しさ」について書きましたが、「人を強くする優しさと、人を弱くする優しさ」という視点で考えると、タフな男でなければ「人を強くする本当の優しさ」を持つことはできないとも思います。

すぐに弱音を吐いて、女の前で泣き言をいうような軟い男に本当の「優しさ」なんてあるわけがない。

そう考えると、やはり、この訳者は偉かった、ということになるのでしょうか・・・。

小原啓渡

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