小原啓渡執筆集「諸行無常日記」
2008.09.06
名村造船所跡地
「な」、「名村造船所跡地」で。
ちょうど今日、名村での自主イベント「バクト大阪」初日、色々ばたばたしているので、先日ある雑誌の原稿を依頼されて書いた原稿をそのまま。
「アートを切り口とした造船所跡地の活用」
大阪市西部を流れる木津川沿いは、大正時代から戦後の高度成長期にかけて西日本有数の造船地帯として栄えたが、1980年代に入ると韓国メーカーの台頭や船舶大型化などの波に押され、造船所は次々と撤退していき、現在は休眠した工場が数多く存在するエリアになっている。
このエリア内に位置する「名村造船所跡地」は、甲子園球場よりも一回り広い約4万2千平米の敷地を持ち、土地オーナーの千島土地株式会社から株式会社名村造船所に1931年より賃貸されていたが、長年に渡る造船不況の末、平成元年(1989年)に返還された。
その後、千島土地はヨットハーバーへの転用などを検討したが、地域一帯にかかる開発規制などもあり、建物の一部を音楽スタジオに改装(1993年)するにとどまり、その後、利用の目処が立たない状態が続いていた。
アートプロデュースを生業とする私が、2004年の春、千島土地の芝川能一社長のお誘いを受け、初めてこの地を訪れたのは夜であったが、2本の休眠ドック(200メートル級)、鉄骨造の工場家屋などが闇の中にぼんやりと浮かび上がる廃墟化した景観に大きな衝撃を受けた。
木津川を挟んだ対岸には、「ブラックレイン」(リドリー・スコット監督作品、1989年)のロケ地にもなった巨大な中山製鋼所が圧倒的な存在感を持って横たわっており、現在も稼働している高炉の煙突からは、時折激しく炎が立ち上っていた。
日常の生活圏から離れた臨海工業地域、人通りもない広々とした空間が醸し出すメタリックな雰囲気、塩の香りに乗って時折漂ってくる排煙のにおいなど、非日常な感覚が呼びさまされるのを感じ、一人のクリエーターとして、すっかりこの地に魅了されていた。
後日、日中に見学したいと申し出て、アクセスを確かめる意味で公共交通機関を使って再度この地を訪れた。
臨海部ということで、「南港」をイメージしていたが、地下鉄四つ橋線「北加賀屋駅」から徒歩で10分、南港に行くよりずいぶん近い。
土地と共に返還された工場棟の一つは音楽スタジオとして改装されていたが、ほとんど稼働していない状態、他の棟の4階には、かつて実寸大で船を製図していた無柱のドラフティングルーム(縦50m×横20m)が残っていた。
市の中心地では相当の資金がなければ確保できないであろう広大な空間、アーティストの感性を刺激し創造性を喚起させるであろう、時間の堆積を思わせる朽ちかけた建造物。
私は、近代産業遺産ともいえる「名村造船所跡地」を何とかアートを切り口に再生したいと思い、すぐさまオーナーである芝川社長に相談し、この地を30年間使用させていただく了解を得た。
2004年、この地で最初に行った催しは「NAMURA ART MEETING 04?34」、36時間連続で開催したアートイベント。
イベントのテーマは、「こんなに素晴らしい、可能性にあふれた場所が大阪に残っています、ぜひ一度見に来て、この場所を今後どのように活用していけばいいか、みなさんのご意見を聞かせて下さい」という問いかけだった。
結果的に数百人というアート関連あるいはアートに関心をもつ人々が集まり、この地の可能性を絶賛、これを機に本格的なアートスペース化計画「クリエイティブセンター大阪」が立ち上がることとなる。
このプロジェクトは、地域の活性化という目的も含んだ長期的な展望に立っているため、30年賃借というオーナーとの約束があらゆる活動のベースとなっている。
最終的には、これまでの価値観を見直し、新たな価値の創造を試みるという「アート」本来のコンセプトをベースに、「廃墟に眠るポテンシャル」ともいえる魅力的な空間と、それを存分に活用する創造性あふれる人のパワーが地域に影響を与え、街を活性化する事例となることを目指している。
現在、立ち上げから約4年が経過するが、メディアに取り上げられる機会が増え、ほぼ毎週末、音楽や様々なパフォーマンスのイベントが開催されるようになった。
ウィークデイにおいても、映画の撮影・けいこ場や工房としての利用が多く、そうしたアーティストの長期宿泊施設として、今年、古い木造旅館をリノベーションした「アーティスト・イン・レジデンス大阪」もオープンした。
「景観」という点において最近見られる面白い現象としては、年に何度もこの地で「コスプレ」イベントが開催されることだ。人気アニメのキャラクターに扮した100名ほどのコスプレーヤーが、互いに写真を取り合って交流するという催しだが、写真の背景に写りこむ無機質に廃墟化した工場群がいいのだと言う。
「廃墟萌え」「工場萌え」という嗜好に通じるトレンドと言えるだろう。
最後に、昨年こうした活動も評価され、経済産業省によって名村造船所跡地が「近代産業遺産群」に認定されたことを記しておきたい。
クリエイティブセンター大阪 プロデューサー 小原啓渡