小原啓渡執筆集「諸行無常日記」
2008.11.02
ねぎ
「ね」、「ネギ」で。
僕が大学生のころ、毎日のように通っていたバーの常連に玉ねぎのような髪型をした「ねぎさん」という女性がいました。(髪形から付いたあだ名です)
年齢は30代前半くらいだったと思いますが、いつも一人で、お酒は飲まず、コーヒーだけで遅くまでいる、もの静かな人でした。
黒を基調にしたエスニック調の服装も個性的で、優しそうなのに何となく話しかけにくい雰囲気がありました。
ほとんど毎日顔を見るのに、たまに2,3週間ぱったりと来なくなる時があって、マスターにそれとなく聞くと、「あぁ、ねぎさんならまたアフリカじゃない」という答え。
気が向いたら、虫とり網一つ持って世界中の蝶を取りに出かけて行くらしい・・・。
何とも自由で力強く、それでいてエレガント、彼女に会って以来「大人の女性」というと「ねぎさん」を思い出すようになりました。
当時僕がもう一軒通い詰めていた店に「蝶類図鑑」というジャズ喫茶がありました。
雑居ビルの一角にあった狭くて暗く、小さく固い木の椅子と机がスピーカーに向かって並んでいるだけの店、薄暗い壁一面に無数の蝶の標本が掛けてありました。
その標本が、偶然にも、ねぎさんが世界各地で捕った蝶だと知ったのは、彼女と会わなくなったずっと後のことでした・・・。
小原啓渡