「創造とは何か」をテーマに、様々なジャンルで活躍されているアーティストの方々にお話を伺っています。今回は野外劇にこだわり、近年奈良・室生、岡山の
離島・犬島などで公演を行っている「維新派」を結成し、脚本・演出を手がける
松本 雄吉さんにお話を伺いました。
小原
早速ですが、維新派と言えば、やはり、野外公演を中心に活動を続けておられるわけですが、その辺りからお話を伺いたいと。
松本
そうですね、やはり圧倒的に野外に建ててやるっていうのが面白いんですね。もちろん野外でやるとなったらあるのは風景だけで他は何も無くて、ゼロから発
想しないといけないですし、それにお金もかかるし、しんどいことはしんどいんです。でも自分達が100%モチベーションを高めてやろうと思ったら、野外で
やらないと本気になれないというか。
小原
制約が無く、ゼロから考える事が面白いという事でしょうか?
松本
そうですね。あらゆる面でゼロからの出発なんでね。そこがスリリングで、そのスリリングな部分が一番面白いかもしれない。もし公演期間の半分雨に降られ
たら公演は失敗ですし、実際に以前にはそんなこともあったりと、半分賭けみたいなところがありますから。でもライブをやるという意味の濃さは凄くあると思
うんです。
小原
では、創作において松本さんが大切にされてる事は何でしょう?
松本
そうですね。元々人の真似はしたくないというか、人がやってないことをするっていうのがあるりますね。
まぁ僕たちがやっていることは芝居なんで、身体が資本なんですね。それで結構昔からなんですけども、戯曲から出発するのではなく、「稽古場から出てくる
芝居創り」を合い言葉にしているんです。戯曲というのは、稽古場でいろんなものが出てきて、充満したものに方向性を与えるだけでイイという位に思っている
んですね。稽古場での役者は、戯曲がないから、セリフも喋れないし衣装も無いという、言ってみればみすぼらしい人間という身体しか持ってない。そこでその
身体をとにかく見つめる。そうすると世界に一つしかないその人の身体という発想が出てくるんです。例えば5人に同じような振り付けしても微妙に違ってきた
りする。そういうことが稽古場で、発見され、認識され、膨らんでいって、そこでじゃあ今回の作品はこういう感じの身体を前に出していこうかっていう所から
脚本に入っていったりするんです。
小原
そうするには、実際かなり時間がかかるんじゃないんですか?
松本
時間はかかりますよ。言い出しから大体1年かけますからね。でも、それを結構楽しんでやっているんです。その時間を劇の為に奉仕するっていうか、ピラ
ミッド式に積んでいくようなものとして考えないで、その日を、その稽古を楽しむという事をやっているんで。まぁそれが全て本番に繋がるっていう保証はない
んですけどね。
小原
日本でそこまで稽古や仕込み、リハーサルに時間をかける劇団はあまりないと思うんですが、それについてはいかがでしょう?
松本
他の劇団の事をそんなに知らないんですけど、聞くと時間的な贅沢さがないなぁって感じはしますね。やっぱり時間に追われて疲れるのは嫌ですから。それに
最終的には、何の為にやっているかって話になりますからね。
小原
それは、毎日を楽しみながらやっていくっていうのが大事なことだということでしょうか?
松本
そうですね。やはり初日を開けるという絶対法則はあるけども、それ以前に毎日をちゃんと生きたいっていうのがあるから。何かの為に滅私奉公して駄目にす
る1日にはやっぱりしたくないからね。春になったら花見に行きたいし。花見もせず、餅も食わんと、芝居ばかりしている、そんな人生嫌やから。
公演をする際は、仕込みとリハーサル、本番合わせて2ヶ月間くらい野外にいるけど、みんな自分のベッド作ったり、食事したりと、アウトドアライフを楽しん
でいますね。だから1割ぐらいを芝居に費やして、あと9割はちゃんと生きるっていうようなことかな。
小原
では最後に、松本さんにとって、あえて一言で言うと「創造」とは?
松本
「未知との遭遇」という感じですね。未知というのは空間的なものか、時間的なものか、生理的な感覚的なものか、それは何か分からないですけれど。
小原
本日はありがとうございました。
P.A.N.通信 Vol.51 掲載