アーティストインタビュー
高松 伸 (建築家)

高松 伸 プロフィール
建築家・京都大学教授。 1948年島根県生まれ。 1989年、「キリンプラザ大阪」の設計で日本建築学会賞受賞。 その後、芸術選奨文部大臣賞、国土庁長官賞、建築業協会賞、公共建築賞など数々の賞を受賞。国際設計競技においても最優秀賞を獲得するなど、日本を代表す る建築家として高く評価を受けている。 主な作品に、「キリン本社ビル」「ワコール本社ビル」「東本願寺参拝接待所」「国立劇場おきなわ」など。

「創造とは何か」をテーマに、様々なジャンルで活躍されているアーティストの方々にお話を伺っています。今回は大学教授であり、キリン本社ビル、ワコール 本社ビル、国立劇場おきなわ等の設計で知られ、独自の建築論を展開、著述家としても有名な高松伸さんにお話を伺いました。

小原
 建築家としてのお話も伺いたいと思いますが、まず大学教授という立場で、創造性に関してはどう学生さんに指導されておられるのでしょうか?

高松
 学生達には、とにかく新しいものを創りなさいといつも話しています。その為には古いものを沢山学ぶことが重要で、新しさというのは古さを定義することに よって初めて成立するものだと話しています。

小原
 よく「スクラップ&ビルド」、古いものを壊すことによって新しいものを、という考え方がありますが…?

高松
 僕は、全く新しくないもの、まっさらなものが存在するとは考えていないですね。つまり、創造とは決して古いものを壊す事とイコールではないと考えていま す。 古いものを成り立たせている様々な理由に触れ、その理由を少しだけずらす事で、創造の契機が発見できるのだと思います。 例えば、私の初期の作品群は、ほとんどマシーンと見間違うものばかりです。それらは我々が機械というものを想像した際に瞬間的にイメージするフォルムであ りながら、しかしどこか違う。そのどこか違うということに向けてどのような手続きを開発するか、それが設計というクリエーションだと思っています。

小原
 古いものが古いものとして成り立っている要素というのは、伝統的な比率やバランスなどの事でしょうか?

高松
 そうですね。寸法やスケール、部分と部分の関係、比率やバランスなど色々あります。クリエーションにおいては、そのような古さの理由をずらし、撓(た わ)め、歪めていく過程が重要です。ただ、その際、常に言葉で思考するという事が必要になってきます。つまり、ある古さを発見し、その古さの由縁を自分な りに言葉で定義し、次にそれを言葉によって操作しなければならない、、ということです。  建築においては、構造とデザインを分けて考える事は不可能です。柱があり、梁があり、様々な要素が存在する。それらが空間を形成しているわけです。この ようなあり方は非常に古いですが、これを無視して建築は成立しません。したがって建築の設計は、何よりもこのような古さを踏まえながら新しい建築を考えな ければなりません。そこが創造の核心です。 要するに我々が常々当たり前だと思っているものを、、いかに研究しつくすかということが極めて重要です。その上で当たり前でないものを創る。

小原
 新しいものを創り出す能力には創り手の素質、あるいは才能というような部分もあるのでしょうか?

高松
 もちろん素質も必要です。その上で、いわゆる当たり前のものをそうでなく見る能力、そして何よりもその努力が不可欠ですね。 人は当たり前を身に付けながら大人になっていくわけですが、その過程で何かが死んでいく。その死んでゆく何かというのが、実は新しいものを創り出す能力な のかもしれません。 したがって創造のためには、当たり前を当たり前に見ない努力を絶えず続けなくてはいけない。そして、おそらく、その努力のすべてが言葉に関係してると思う んです。というのも、なぜにこれが当たり前なのかということを、言葉という、みんなが共有している一番当たり前のツールを用いて語らなければ、その当たり 前さを理解することが出来ないからです。

小原
 オリジナリティーという事に関してはどうでしょうか?

高松
 個人のオリジナリティーというのは言語能力なんですよ。言語そのものは同じだけれど、話し言葉は一人一人違っています。つまり言語能力は一人一人異な る。オリジナルであると言えますね。ある一つのものの在り方を、どのように見、どのように表現するかは、人によって大いに異なります。

小原
 言語能力というものが非常に重要だということですね。

高松
 おそらくね。人は言語以外で考えることは不可能ですから。そして、新しさというのは、“これまで見た事が無かったけれど、かつて見たに違いないようなも の”あるいは“かつて知っていたけれど、忘れてしまったようなもの”だと思っています。 そのことを、私達はある作品によって、いきなり気付かされてしまう。僕はそのような作品こそ新しいと思っているんです。だから、新しいものというのは、ど こか懐かしいんですよ。ある意味、実は最も古いものなのかもしれませんね。

小原
 最後に、あえて一言でいうと創造とは何でしょうか?

高松
 創造とは、“未知に触れる”というより“無知に触れる”という事かもしれません。

小原
 興味深いお話ありがとうございました。

P.A.N.通信 Vol.53に掲載

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