ヌーボーシルク見聞録 vol.5
今回は、フランス「サーカス アート国立センター」(通称:国立サーカス学校)の視察報告を中心に記してみたい。
「サーカス
アート国立センター」は1986年、フランスの伝統サーカスが衰退し、そのテコ入れとして政府が打ち出した文化政策の中核をなすプランの一つとして設立さ
れた。 誘致先として、パリの東、電車で約1時間半程のシャンパーニュ地方、シャロン市が選ばれたのは、この町に古いサーカス劇場があったことが大きいと
いう。駅から約10分ほど車で走ると、石造りの円形劇場が見えてくる。文化財に指定されているというその劇場は良く整備されており、建築物の動態保存の好
例だと感じ入った。 劇場に隣接した建物にサーカス学校があり、サーカスの資料を収集・整理して一般に公開する「資料センター」、サーカスで使う特殊な器
材を製作する「工房」までもが,いかにも腕の良さそうな技術者を配して併設されている。 私が訪ねた際はちょうど卒業公演制作の真っ最中で、演出のフィ
リップ・デュクフレを中心に、日本人として初めて研修生として学んでいる金井圭介君たち若いアーティストが劇場とは別に建てられた大テントでリハーサルに
励んでいた。
施設の内外を隈無く見せて頂き、私が驚いたのは、設備の充実のみならず、全生徒30人程に対して非常勤も含めると40人程の職員、教師、技術者が働いて
いるというソフト面における充実だった。
年間3臆円近い助成金が組まれているらしいが、生徒一人当たりに換算すると約1000万。各年300〜400名の出願があり、入学を許されるのは10人
程度、かなり狭き門である事は言うまでもないが、全く驚きである。
実際、サーカス学校の卒業生達の活躍は目覚ましく、彼等の新しいサーカスに対する試みは「ヌーボー・シルク」と称され、フランスのみならず全世界に飛び
火し、老若男女、膨大な観客がその恩恵を受けている。
結果オーライという事も言えるが、サーカスを重要な無形文化財と認識し、ただ単に経済的に破たんした伝統サーカスに助成するという方法ではなく、新しい
サーカスの発露を目的に、こうした教育・育成・環境の整備に大規模な助成体制を組んだフランスの文化政策に敬意を表したいと思う。
日本でもいくつかの助成金制度はあるが、単発の公演やカンパニー、フェスティバルに対するものがほとんどで、国の新しい文化政策といわれるような打ち出
しはあまり見受けられない。「教育と育成」に主眼をおいた文化・芸術の環境整備の大切さを今一度考え直すべきだろう。
P.A.N.通信 Vol.40に掲載HOME>ヌーボーシルク見聞録>ページ先頭