ヌーボーシルク見聞録 vol.9

  パリ市内に唯一残るサーカス専用の円形劇場「シルク・ディヴェール・ブルゴーニュ」で年に一度行なわれるヌーボーシルクの世界大会は圧巻である。「シ ルク・ドゥ・ドゥマン」(明日のサーカス)という名の通り、従来のナンバーではなく、この1年で生み出された新しい芸、技術のみを対象に選考されたニ十数 組のアーティスト達が技を競う。
 今年は1日目に12組、2日目に13組がエントリーし、3日目は入賞者のみの演目が披露された。地元のフランスをはじめロシア、アメリカ、中国、ウクラ イナ等、まさに世界大会の様相を呈している。一つの演目は5分から10分程度と短いが、各組がそれぞれの国で所属するサーカス団のトップクラスのアーティ ストであり、世界の頂点を極めようとする芸であるだけに、どれをとっても驚異的である。
 ヌーボーシルクは、高度なテクニックのみが評価されがちであった従来のサーカスとは異なり、技自体の創造性や作品としての芸術性が問われる。観客は身体 能力の極限を目の当たりにすると同時にコンテンポラリーな芸術表現にも出会える。もちろん3階建ての客席は満員で、入り口付近はキャンセル待ちの当日券を 求める客でごった返していた。
 私の場合、国の文化財になっているこの円形劇場の雰囲気にも魅せられたが、次々と上演される演目のクオリティーの高さに鳥肌がたちっぱなしで、1日に1 演目観るだけでも十分という気分にさえなった。
 中でもケベックのダニエル・シーが開発した直系2m程の金属製のリング(彼の名をとって、シー・リングと名付けられた)を用いたナンバーは、テクニッ ク、独創性、芸術性共に珠玉の作品で、私は演技が終わった瞬間、弾けるように立ち上がってオベーションを送った程だった。
 他にはロシアの鉄棒を用いたナンバーにも歓喜した。正四角型に設置された4本の鉄棒にハイヒールを履き、スレンダーなドレスに身を包んだ女とスーツ姿の 男3人が取り付いて、オリンピック級の演技を披露する。4人がすれすれのタイミングで同時に大車輪で回転し、段違い平行棒のように四角に組まれたバーを飛 び移る。そして何より素敵なのは、そこに1人の女をめぐる3人の男達の大人のドラマが演出されている事だった。従来のサーカスには無い、ジャンルのクロス オーバーと大人が楽しめる芸術性とファッショナブルな感覚をあわせ持った、ヌーボーシルクならではのナンバーだったと思う。
 私にとって、ヌーボーシルクの作品を言葉で説明するのは難しい。「…の様な」と言えないものが本当に新しいものだ、と考えれば言い訳にもなるが…

P.A.N.通信 Vol.44に掲載

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